夢を見ました。その中でわたしは、夢を見ていました。
その夢の中でも、夢を見ていました。
その夢がなんだったのかは、覚えていません。
もしかするとわたしも、誰かの夢なのかもしれません。


  澱んだ眠りの会議


「おはようございます」
「おはようございます」
 どこか、会議室のような場所だった。部屋の真ん中にはロの字型に長机が置かれている。壁の一辺にはスクリーンがかけられ、その横にはまっさらなホワイトボードが置かれている。スクリーンがある方を正面とした左手には窓。だがブラインドが閉めてあり、外の景色はおろか今日の天気すら分からないようになっている。窓の反対側には扉が2つあり、そこから、何人もの女性が次々に入ってきていた。彼女達は少しずつ違うスーツを着ているようだったが、髪型は黒色のセミロングと同じだ。また、メイクは多少違うが、皆同じような顔をしていた。
 ロの字型の机の周りに皆が腰掛け、席が埋まる。扉に近い者が扉を閉めると、スクリーンの前の女性が立ち上がった。それに習うように、皆も立ち上がる。
「会議を始めます。よろしくお願いします」
 よろしくお願いします、と皆が唱和し、着席する。スクリーンの前の女性も座り直した、彼女は議長だ。皆を一通り見て「欠席者はいないわね」と確認を取ってから右隣の女性に目配せをした。彼女は手元のノートに欠席者0と書き入れた。彼女は書記なのだ。
「では、議題です」
 今度は左隣の女性に目配せをする。彼女はすっと立ち上がると、ホワイトボードに何事かを書き始めた。彼女も書記なのだ。皆の視線がそちらに集まる。どうやら今日はスクリーンを使わないようだった。ホワイトボードに議題が書き終えられると、議長はありがとう、と呟いてから読み上げた。
「『わたし』と夢の連続の中での、『個人』の存在について」
 そこにいる皆々は真剣な表情でこくりと頷いた。議長は満足そうに笑みを浮かべる。
「詳しく言うと、『わたし』という存在について、『最後の夢』について、『夢の連続』について、『個人』の存在についてですね。では、意見をどうぞ」
 数人が手を上げ、そのうちの1人を議長が指した。
「自分が思うに『わたし』という存在はいないのだと思います。何故ならば、ここにいる『個人』も『わたし』という存在の一種であり、自己があり夢を見る存在だからです」
「自分は、どこかに『わたし』はいると思います。自分たちは夢の中の存在です。ある人の……、自分でしたらこの隣の彼女の夢の中の存在です。隣の彼女は、また隣の彼女の夢の中、その人もまた隣の彼女の夢の中に存在しています。それをたどれば、いつかは、誰かの夢の中ではなく存在する『わたし』はいると思います」
「『わたし』というのは、『個人』の存在を知らずに、いると思います。自分達は夢の中の存在であり、大元である『わたし』が存在し、『わたし』が夢を見なければ、きっと存在していなかったのです」
 挙手、指名、挙手、指名、と続き、様々な意見が飛び交う。ホワイトボードにまとめられた意見が書き込まれていく。それを見て、また新たな見解が出たりもした。議長と書記は意見を言わず、ただ会議の進行につとめていた。
「自分は『わたし』というのは『最後の夢』の見る夢のことで、ぐるりと一周するのだと思います」
 皆がざわめいた。新たな意見で、なかなか的を得た意見だったからだ。
「夢を見ない生物なんていないはずです。『わたし』も、『最後の夢』も、恐らく夢を見ています。だから、ぐるりと回っているのだと思います」
「それはつまり、『わたし』も『個人』であり、『最後の夢』も『個人』であるということ?」
「そうなりますね。誰もが『わたし』で『最後の夢』でもある、ということです」
「自分はその意見には反対です。『わたし』というはじまりがあってこそ、『個人』という途中の存在があるのだと思います。ただ、自分は『最後の夢』は、いながらにして移り変わっていく者だと思います。」
「それならば自分の意見も同じです。今、『最後の夢』がどこかにおり、やがて眠りにつき、するとその夢の中の人物がまた新たな『最後の夢』となり、彼女もまた眠りにつき、となっていくのだと思います」
 ホワイトボードの書記が忙しそうにペンを走らせ、それを見兼ねたノートの書記が応援に走った。ホワイトボードを消さなければ、ノートの書記は後からでもできるのだ。議長は、ありがとうと言いながら、次から次へと指名をしていった。
「自分は、『個人』の存在、『夢の連続』について反対です。ただ『わたし』という存在はいると思います。それは、自分達のひとつ前の人間です。つまり、『個人』とは皆同じ夢の中の存在であり、『わたし』の夢でしかなく、夢は連続していないのだと思います」
「皆さっきから『思います』ばかりで話になりません。自分は、『わたし』こそそこにおられる議長で、『最後の夢』がノートのほうの書記だと知っているのですよ」
 怒ったように言った1人の発言で、皆の視線が議長と書記に集まった。議長と発言者以外は皆鳩が豆鉄砲を食らったように口をぽかんと開けて黙った。やがて堰を切ったように、1人が叫んだ。
「どういうことっ? 自分はこの人の夢で、この人は自分の夢で、じゃあたどれば貴方達に行きつくの?」
「自分はこの人の夢」
「そう、この人の夢」
「この人の夢よ、もちろん」
「この人の夢だわ」
「この人が自分の夢よ」
「自分の夢の人、はこの人ね」
「自分も隣のこの人だわ」
「もちろんこの人が自分の夢よ」
 伝言ゲームのように、最初に叫んだ女性から隣の人へとバトンが渡されていく。右、あるいは左の人から受け取ったバトンを、逆方向にすごいスピードで回っていく。そしてやはり、行き着いたのは議長と書記だった。ノートの書記は不安そうな表情で議長と皆を見比べていた。ホワイトボードの書記は、ホワイトボードの隅に、上が開いた円を描いた。その両端に、議長、書記、と書き入れる。
 議長が挙手し、ホワイトボードの書記に「指名して」と自分で言って指名されて立ち上がった。
「よく知っていますね。確かに、この会議に出席する中では、自分は誰の夢でもありませんし、この子の夢の中の人はおりません。ですが、そこからまた『個人』の存在について話が進みます。ここにいる、この会議に出席しているだけで『個人』はすべてなのでしょうか? 他にも、自分の先、この子の先というのがいる可能性もあるのではないでしょうか?」
「書記の夢が議長でないのだから、自分の意見とあわせると他にも『個人』はいることになります」
「へえ、では自分の意見と照らし合わせれば、書記の彼女こそ現『最後の夢』なのですね」
「自分は、確かに夢の中の人がどこにいるかはわかりませんが、はっきり『いない』とも断言できませんのでご了承ください」
「自分の意見は、議長の言ったようにこの会議に出ている皆で全てではないのだと思います。『わたし』がどこかにおり、『最後の夢』もまたどこかに存在しながら、『個人』という存在、『夢の連続』は有限にして無限なのだと思います」
「その意見は矛盾していませんか。『最後の夢』が存在するならば『夢の連続』は無限には存在しないことになるはずです」
「それはわかっています。ですから、それは、『夢の連続』というものがほとんど無限に近いということで、無限に近いながらも一応は有限であるのです」
「自分の意見は少し違います。『夢の連続』は本当に無限で、『最後の夢』は存在するという名目ながら存在していないのだと思います。陳腐な言い方でしかありませんが、『最後の夢』は自分達『個人』の夢の中に存在するのでなく、心の中に存在するのだと思います」
「自分は『夢の連続』は不完全であり、そのために1人の夢が複数あり、『最後の夢』はネズミ算のようにたくさんたくさん存在するのだと思います。丁度この会議にいるのは1人の夢の中から1人をつれてきた形であり、自分達には並列的な『個人』もたくさん存在するのです。そして自分は、『わたし』は存在し、『最後の夢』は移り変わる切に賛成します」
「今すごく納得できました。自分と同じような『個人』がいるとなんとなく自分は知っていたのです。ですが、『最後の夢』の夢が『わたし』であるという説にしたいです。『最後の夢』という多数の存在が一度に見る同じ夢がはじまりのようなものであるのだと思います」
「ネズミ算だとすると、1人が何人の夢を持つかは知りませんが、段階的に見たら夢の数は少ないように思いますけれど、どのくらいあるのでしょう?」
「自分はやはり1人ずつで、1本のバトンを受け渡しているように思います。途中でバトンが分裂するなんてことはないと思います」
「新しい意見を思いつきました。『わたし』が複数いるという説です。まず、『わたし』達は並列世界に暮らす、友人とかそういうものです。そして『わたし』達は思い思いに夢を見て、それはやはり連続します。ですがその過程で、バトンが入れ替わったりする可能性もあると思うのです。そうやって、『最後の夢』は『わたし』の夢のかけ合わさった形になるのではないでしょうか」
「その意見おもしろいですね。『わたし』の中にはバトンを落としてしまったものがいて、『最後の夢』はその人になってしまったり、他にも間違えて1人飛ばしてバトンを渡してしまったり。すると飛ばされた子は弾かれるから、これも一種の『最後の夢』に値するのかな?」
「落としたバトンを拾ったら、その人は『個人』として、『わたし』達の並列世界の人間でなくとも、はじまりであるから『わたし』になったりするのでしょうか? その意見はむちゃくちゃだと思います。自分は反対です」
 不意に、チリン、と鈴が鳴った。風鈴のような音だった。だが、どこから響いたのかは分からない。その音を聞いて、皆は議長の方へ向いた。議長は微笑みながら立ち上がった。
「様々な意見がありましたね。なかなかいい会議になったと思います。ですが、本日は時間が来てしまいましたので、これにて会議は終わりです。皆さん、ありがとうございました。」
「そんな。まだ意見を交わしたいのに」
「もっと色んな意見が聞きたかったです。次の機会はあるんですか?」
「自分は疲れたし、難しかったので会議にはもう出たくないです」
 肩を回したりすくめたりと、空気が弛緩する。議長は微笑みながら、起立、と号令をかけた。
「今日は本当にお疲れ様でした。またの機会があることを、自分も祈っておきます。では、お疲れ様でした」
 お疲れ様でした、と皆が唱和する。席を離れて扉の外へ歩きながら、隣の人を捕まえてまた議論を交わしている。少し離れたところに座っていた同じ意見の人ともまた声を高くしている。そうして、がやがやと賑やかに扉から出ていった。
「今日はありがとう」
「議長、お疲れ様でした」
「まだノートも書かないと」
 後に残ったのは議長と書記2人の3人で、ねぎらいながら腰掛け、1人はホワイトボードの内容をノートに写し始めた。
「わたしは、『最後の夢』なのでしょうか」
「こら、一人称は『自分』ですよ」
「あ、そうやってわけてたんですか。気をつけます」
 ノート書記は議長に言われて、納得したように頷いた。そこで身を乗り出したのは、ホワイトボードの書記だ。
「自分はですね、議長が『わたし』であなたが『最後の夢』、自分が『最初の夢』だと思っています」
「ええっ、そうなんですか?」
「あら、あなたも会議に参加したかった? 悪いことをしたわね」
「ああ、会議には参加したくないです。これは自分の意見なので、議長とあなたにしか話したくないですし」
 2人が首を傾げると、ホワイトボードの書記は顔を寄せて、嬉しそうに話し始めた。
「いくら、夢の中の夢の中の夢の中の、って言っても、数が多すぎますよね。どれだけいるのかもわからない。ここにいたのも何十人っていましたし。その中で、その中でですよ? 自分は書記、同じように、議長と書記。になったわけです。物語で考えてみてくださいよ。そんな、夢の中の夢の中の夢の中の、って人はとりあげられませんよね? せいぜい取り上げられるのは、『わたし』と『最初の夢』と『最後の夢』です。だから、役をもらえた自分達がその3人なんです。どうですか? いい意見でしょう?」
 へえ、と書記の彼女が頷いた。ノートの上に置かれた手はぴたりと止まっている。議長は満足そうな笑みを浮かべ、深く頷いた。
「いい意見だわ。確かに納得できる」
「わあ、ありがとうございます」
 議長はふとブライドの下がった窓の方を見た。そして表情を曇らせる。
「早くノートに書き写しちゃいなさい」
「えっ? あ、すみません」
「どうかしたんですか?」
 議長は立ち上がり、椅子をしまった。2人の書記が不思議そうに首をかしげる。
「そろそろ『わたし』が目を覚ますと思うの。そしたら、リセットされちゃうわ。色々と」
 2人の書記はそろってブラインドの方を見た。そこで、ノート書記がはい、と手を上げた。くすりとわらった議長が指す。
「リセットって、どこまでされるんですか? ホワイトボードまで? 会議まで? 記憶まで? それとも存在ごと入れ替わっちゃうんでしょうか?」
「いい疑問ね」
 議長は笑った。
「次の議題にしましょうか」















夢の中の存在と、その夢の中の存在と、その夢の中の存在と、


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