彼女はいつも、夢に現れる
バスケットを持ってこう歌う。

勇気、勇気はいかが?
色んな勇気があるよ。

さあ、勇気を買いにおいで。




  勇気屋 A 〜assume〜




さあ、君はどんな勇気が欲しい?

歌が聞こえて、少年はそちらに耳を傾ける。
ふわふわした空間だ。
一体ここはどこだろう。
向こうの方でフードを被ったおばあさんが歩いている。
おばあさん、と判断したのは声と、腰が曲がっているからだ。
それもあながち間違っていないだろう。
静かにそちらに向かって歩き出す。
綿を踏んで歩いているような気分だった。
おばあさんはこちらに気付いたらしく、ヒッヒッヒと笑った。

君は、どんな勇気が欲しいんだい?

意外としっかりした声でおばあさんが言った。
僕は、僕は、

君にはこの勇気をあげよう。

迷っているうちにそういって手を差し出すおばあさん。
僕も、それを受け取ろうと手を伸ばす。



Aの勇気だよ。




 *


PiPiPiPiPi

電子音が鳴り響いて、少年は目を覚ました。
いつもよりもいい目覚めだ。
んーっと伸びをする。
そっと体を起こし、すぐそばのカーテンを開ける。
今日は金曜日。
天気予報は雨。
外はどんよりした厚い雲が空を覆っている。
僕の目覚めはよくても、街の目覚めは悪いらしい。
着替えながら、自分でもなかなかいい表現を見つけた、と感心する。
そういえば、なにか不思議な夢を見た気がする。
そう、確か、白雪姫に出てきそうなおばあさんがいて…。
何か白い包みをくれた気がする。
ふと、何か気配を感じて、カーテンの閉まったもうひとつの窓に目を留める。
何かが通ったような気がしたのだ。
そんなわけないか。
なぜならば、この部屋は道路側に面しており、屋根も人が立てるほどはない。
そこを人が通過するわけがない。
スズメかカラスか、ハトか、何か鳥でも通ったんだろう。
自嘲するように薄笑いするとカーテンを勢いよく開ける。
日が差していないので、部屋はあまり明るくならない。
しかし、それは見えた。

白い筆箱だった。

真新しいように見えるそれ。
あれ、こんなところに置いたっけ?
首を傾げる。

共悟きょうご! 起きたの?」

朝っぱらからうるさい人だ。
考えを中断して、筆箱をカバンの中に放り込む。

「うん! 起きてる!」

苛立ちをこめてそう叫ぶと、山木やまき共悟きょうごは階段に向かった。


 *


「7限は昨日の続きな」

担任が素っ気無く言う。
教室で、二人の人間が息を飲む。
ついにこのときが来てしまった。
この時間ばかりが気になって、午前の授業や弁当のことなど覚えていない。
共悟は頭を抱える。
そして、もうひとり。
共悟は視線を左斜め前に動かす。
髪が肩につくかつかないかというくらいの一人の女の子。
はあ、と大きなため息をついている。
無理もないか。
共悟はつられて、はあ、とため息をつく。

「今日の放課後が締め切りだ。さっさと決めるんだぞ」

無責任だ。
共悟は腹を立てて担任の男を睨む。
なんでもかんでも級長に任せて自分は職員室で居眠りしているくせに…。
まさに、はらわたが煮えくり返る。である。
今日の授業で出て来たのだ。
共悟は根が真面目なためある程度、耳に入っているらしい。

「じゃあ俺は職員室に戻るから、あとは、鷹沢たかさわ。頼んだぞ」
「……はい」

単調に答える彼女は、先ほどため息をついた少女。
級長である。
鷹沢たかさわ佐由利さゆりという。
口をへの字に曲げたまま出て行く担任を睨みつけ、教壇の前に立つ。

「だれか、卒業会委員やってくれませんか」

ここで苛立ちを見せてはだめだ、と思っているのか、苛立ちは見えなかった。
卒業会。
この中学校では卒業する3年生と、楽しく過ごす会のことをこう呼ぶ。
もちろん真面目に過ごす卒業式とは別物だ。
それを企画し、運営する係。
それが卒業会委員である。
このクラスはどう決めたのか、リーダーシップをとるような人はいない。
佐由利とて、無理やり担任に指名されたのだ。
級長はもうすでに卒業会委員なので、もう一人必要なのだ。

「ていうか、うざくね?」
「そーそー。マジ暇」

隅のほうで校則違反なメイクをした女子が文句を言い始める。
佐由利は一瞬嫌そうな顔をする。

「だれか、やってくれませんか。そんなに負担の大きい委員じゃなりません」

共悟はやろう、と心に決めていた。
しかし、勇気がなかった。
佐由利の辛そうな顔を見ると、やらねば、と思うのだがいまいち行動できない。
ただ手を上げるだけではないか。
そう自分に言い聞かせる。
佐由利が教室を見回す。

一瞬目が合った。


お願いだから。

そう、目が訴えているような気がした。
それでもやはりまだ勇気が出なかった。

ふと、自分の白い筆箱が目に入った。

すると、勇気が自分の中に入ってくるのがわかった。

「はい」

手を伸ばす。

「共悟君、やってくれるの?」

佐由利が驚いた、それでも嬉しそうな声をあげる。
クラスメイトの視線が自分に集中するのがわかって、緊張するが、それでもしっかり答えた。

「うん。やります」

共悟がそう答えると同時に、机からはみ出していた白い筆箱は消えた。
中に入っていた共悟のシャープペンシルと共に。












assume。引き受ける。



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